幸せになりたいけど 頑張りたくない

実家暮らしアラサー女のブログ。「言語化能力を鍛えるため」という大義名分で更新されるが中身はくだらない。たまにコスメ・映画レビュー。

ボーイミーツガールの極端なもの/山崎ナオコーラ

恋愛にまつわる短編集。「“恋愛は苦手だけど、恋愛小説は好き”なあなたに贈る」という帯文に惹かれて。私は恋愛小説は全く読まないけれど、恋愛が苦手なのは間違いないので「これを読んだら少し気持ちが楽になるかも」とページをめくり始めた。素敵な話ばかりでどこかに残しておきたくなった。

※ネタバレ含みます

 

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イースト・プレス社のサイトより

処女のおばあさん

72歳の鳥子は、今まで一度も恋をしたことがない。「恋をしない」と決めていたわけではなく、「いつか訪れるだろう」と思っていたら訪れないまま「おばあちゃん」と呼ばれる年齢になってしまった。

そんな鳥子が、ある日突然、恋に落ちた。「一目惚れ」というのが近いだろうか。そんな突然訪れた恋によって世界が美しく見えるようになった鳥子、恋に落ちた鳥子の変化に気づく同居人の竜子と伽奈。運良く恋の相手・玉田と再会した鳥子は、玉田が働いている喫茶店に通うようになるも、玉田と鳥子はあまりにも年が離れていた。

恋は終わらない。でも……。世間に対して言葉にしたり、社会に立ち向かって「お似合い」になる努力をしたりしたら、鳥子が抱いている今の気持ちはきっと、大きく変化してしまうだろう。竜子に相談したり、加奈に語ったりしたら、この恋はしぼんでしまうに違いない。そして、もしも玉田に言ったら、この恋は完全に終わってしまうかもしれない。大体、たとえ両思いになれたとしても、これから共に人生を築くということは難しい相手だ。それだったら、自分の心の内で、ゆっくりと恋を温めて、人生の終わりまで大事に抱えていく方が、鳥子に合っている。相手に想いを伝えたり、寄り添ったりするだけが恋ではないはずだ。これが、鳥子の恋の方法なのだ。黙ろう。

人によっては「フラれるのが怖いから告白しない言い訳だ」ととられるかもしれない。好きな人とは特別な関係になりたいと思う私も、100%共感できたわけではない。けれど、人によって恋の仕方は異なる、というのは、わかる気がする。「思いは伝えなきゃ!」と鼻息荒く話していた同級生の女の子を見て「んなことないだろ」と思ったことを思い出す。「好きなら伝えなきゃ」「自分から動かないと」というのは正しいし、恋を成就させたいなら何かしらの努力は必要だ。かといってそれを押し付けるのはあまりに乱暴だし、恋は「こうすれば必ずうまくいく」というものでもない。そもそも恋って、シチュエーションとかタイミングとか、コントロール不能な一瞬のことで感情が変わる、デリケートなものじゃなかったっけ。

鳥子に自分の未来を重ね、少し怖い気持ちを抱えながらも読み進めた。ゆるやかに時間が流れている雰囲気から悲惨なことにはならないだろうと思っていたが、このおばあちゃんの話の結末はどうなるのだろうと怖いもの見たさの気持ちがあった。

 来週、雨が降ったら、この可愛い傘をさして喫茶店に行き、「白雲鸞鳳玉(はくうんらんぽうぎょく)、とうとう買いました」と話しかけてみよう。想像するだけで、鳥子はもう、わくわくしてしまう。そわそわと立ち上がり、サッシを開けると上弦の月が眩しくて、「ああ、月が輝くのも恋のせいなんだ」と思った。

「恋をするとなんてことない景色がキラキラして見えたり、会って何を話そうか考えるだけでわくわくしたなぁ」と思い出した。「私にも恋をしていたすばらしい時期があったんだな」と思えた。

 

恋人は松田聖子

外に出られない勇魚(いさな)は、松田聖子にハマっている。「Rock'n Rouge」の指の動かし方と顔の角度を、弟の入鹿にほめられるほど上手く真似できる。

勇魚が外に出られなくなったきっかけは、中学の時のいじめだった。「いじめられる側は絶対に悪くない」「100%いじめる方が悪い」といくら言われても、「それでも自分に何か理由があるのでは」「自分がなんとなく気持ち悪いからいじめられるのでは」と勇魚は考えてしまう。たとえいじめの原因になるような部分があったとしても、いじめられる側に合わせて直す必要なんて全然ない。しかし勇魚の「なんとなく気持ち悪い」は克服したかったとしても克服できない。そんなもどかしさを抱えながらも、勇魚は今日も日が暮れるのを待って、松田聖子の動画を見る。

松田聖子に限らず昭和のアイドルが好きな私は、それだけで読むのを楽しめた。昭和のアイドルは大物ミュージシャンや、誰もが聴いたことがある曲の作詞家から曲を提供されていることが書かれていたのも、なんだかうれしかった。

「自分に何か理由があって嫌な仕打ちをされたのでは」「人と関わるのが怖い」と思っている勇魚と自分を重ねながら読んだ。いじめられていることを母親・華子に告白すると、華子は「私が子育てを失敗したせいだ」と泣いた。それから勇魚は母親が大嫌いになった、というくだりも、似た経験がある。どうも私は自分と似ている人の話が気になるらしい。

 

ちなみに母親・華子の話も「山と薔薇の日々」というタイトルでおさめられている。

「世間の評価なんて関係ない。私はちゃんとあの子の真価がわかっていた」

「それなのに、周りと上手くやれないことは母親も引け目に感じなくてはならないことだと思い込んで……。間違っていた。私に関係なく、あの子は美しくて素晴らしい子なんだ」

華子が、死後ではあるが勇魚を受け入れたのを知って、ほんの少しほっとした。

 

勇魚が特に好きだったのは18〜23歳の松田聖子だった。だがいろんな動画を見るうち、最初は好きになれなかった松田聖子も好きになっていった。

人生は何が起こるかわらかないし、自分がどう成長するか予想できない。

 そして、いつかは勇魚自身、自分の「気持ち悪さ」を受け入れて、あるいは「気持ち悪くない」と知って、自分を好きになっていくのかもしれない。

 

私はもうがんばる気力を失くしてしまったけれど、がんばれ勇魚くん。大丈夫だよ。