幸せになりたいけど 頑張りたくない

実家暮らしアラサー女のブログ。「言語化能力を鍛えるため」という大義名分で更新されるが中身はくだらない。たまにコスメ・映画レビュー。

父と魚

父が魚をさばくときにしか使われない包丁が、刃を上にして水切りカゴの中に置かれていた。その刃先が一瞬自分に向けられているような気になる。台所に立つ前から感じていた生臭さに「今日は魚か」と胃が重くなっていたせいかもしれない。

父の魚料理は苦手だ。もともと魚があまり好きじゃないというのもあるけれど、そこに「父が作った」がつくと、もうそれだけでお腹がいっぱいになる。父は舌が肥えていて、その分料理も上手い。自分で作るたらこパスタとかインスタント食品とか、雑で手軽な味を「おいしい」と思う私には荷が重い。おいしいけど、ありがたがって集中して食べなきゃいけないプレッシャーを感じて、味わう余裕なんてない。テレビを見ながら、視覚と味覚と聴覚をいっぺんに使いながらさっさと済ませる食事が自分には一番合っている。

数日前にSUUMOを見ながら「一人暮らしは厳しいかな」ととりあえずの結論を出したものの、やっぱり一人暮らししたい、という気持ちが少しずつ湧き上がってくる。でもお金はどうなるんだろう。大丈夫なんだろうか。実家にいられるうちは少しでも実家にいてお金を貯めた方がいいんじゃないだろうか。一人暮らしをすると保険料はいくら払わなければならないのだろう、火災保険は、初期費用は。頭の中が複雑な計算をともなう漢字だらけになって、それだけであきらめたくなる。

トイレに入って便座に腰かけると、自然とドアノブと目の高さが合った。握って回すタイプの丸いドアノブには、もう何年も前から壊れている鍵がついている。だから近くで足音がしたときは、物音を立てて人が入っていることを知らせないと、どことなく落ち着かない。

一人暮らしをしたら。水切りカゴはすぐぬるぬるしてくるから使わずに、吸水性の高いタオルか珪藻土マットの上で食器を乾燥させて、便座カバーもトイレマットも置かない。水回りにプラスチック製品なんてもってのほかだし、わざわざたたむ必要がない洗濯物はたたまない。毎日やらなきゃいけない家事だから、効率的に支障が出ない範囲で手間を省くのが正解だと思う。

銀行に行くために日焼け止めを塗って外に出た。近所の家からごま油の香りが漂ってきて、数駅先に夫婦が経営しているおいしい中華料理屋があったこと、私が最後にそこで食事をしたのは10年も前のこと、もうお店は潰れていたことを順番に思い出し「外で食べてきたから」という言い訳は封じられた。