幸せになりたいけど 頑張りたくない

実家暮らしアラサー女のブログ。「言語化能力を鍛えるため」という大義名分で更新されるが中身はくだらない。たまにコスメ・映画レビュー。

友達について本気出して考えてみたら

 幼少期から「友達は必要」「友達がいないやつはヤバイ」と学校、テレビ、ネットとあらゆる媒体を通して言われ続けていたせいで、その説の正しさを一度も疑ったことがなかった。

しかし先日、気乗りしない誘いを立て続けに断らなければならない状況に陥った。断るのが苦手な私は、誘いをいくつか断るだけで1か月分の体力をまるまる削られた思いがした。その日の夢見は言うまでもなく最悪だった。ギシギシと鈍い音を立てそうなぐらいいびつに動いた頭が導きだした疑問は以下の二つ。

 

「気乗りしない誘いをしてくる人って、友達?」

「そもそも人と一緒にいるのがあまり好きじゃない私に、友達って必要?」

 

この「気乗りしない誘いをしてくる人」は、先日記事に書いたEちゃんだ。

 

almostcinefil.hatenablog.com

「自分に都合のいい時しか連絡してこないヤツは友達でもなんでもない」という結論に落ち着き、私は彼女ともう連絡を取らないことにした。ちなみにこのEちゃん、外出自粛要請期間中に「密」な空間で趣味活動を行う予定だったけど、どうなったんだろう。彼女の人柄からなんとなく察するに、中止はしなかった気がする。ま、自分のことは自分で守らないとね。

 

そして同じぐらいの時期にEちゃん以外にも連絡を絶った人物が二人いる。MちゃんとYだ。二人とも女性で、仕事関係のセミナーで出会った。開催期間中、週に数回程度の参加が必要でグループワークが多かったため、連絡を取るようになった。そのセミナーの参加者は大勢いて、私とMちゃんとYの共通の知り合いも多かった。

共通の知り合いはいい話のネタになる。

ただ、その場にいない人の話をすることに、例え陰口でないとしても、品の悪さや居心地の悪さを感じる私にとって、楽しい気分でできる話ばかりじゃなかった。

 

「あの子元気かな?今度誘ってみよっか」

「そういえばあの人、今この近くに住んでるらしいよ」

 

苦手な知り合いの名前が出る度、足元の床が一瞬消えてなくなったような、そんな不安を感じることに疲れてしまった。二人に特別な欠点があるわけではない。二人を通して他の人間にも繋がっていることが次第に気持ち悪くなった。

二人と連絡を取らなくなった理由はこれだけだと思っていた。この間までは。

 

上にも書いたように、セミナーには大勢参加者がいた。その中にKがいた。

Kは見るからに人のいい、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力の高い男性だった。同年代の男性が苦手な私も、Kとなら男とか女とか意識することなく仲良くなれた。そんな私の様子を見たMちゃんとYに「Kが好きなの?」と聞かれた。そんな気持ちは微塵もなかったので否定した。だがその後何回も聞かれ、否定しても意味がないと悟った。

私にとって、めずらしいことではなかった。男っ気がなく、あまり男子としゃべらない私が特定の男子とちょっと話しただけで「好きなの?」と詮索好きな女子からよく聞かれた。あの子たちは今、芸能人のゴシップネタと職場の人間関係の深読みが大好物の品のないオバさんになっていることだろう。

正直にいうと、気持ちはわからないでもない。私も高校生の頃にやってしまったことがある。先輩が、私と同じクラスの女の子を「タイプ」と言っていたのをいいことに「お似合いだよね」とよく言っていた。後日「すごくイヤだった」と女の子本人から言われ、謝罪した。今でも思い出すと当時の自分の愚かさに「あ〜〜」と頭を机に打ちつけたくなる。

MちゃんとYが私の気持ちを決めつけていることを悟った時から、実はずっと二人に不信感を持っていたのだと思う。でも同じようなことをしていた自分から目を背けたくて、認められなかった。私と二人の関係は、多分ずっと前に終わっていた。二人に言いたかった「好きでもない男を『好きなの?』ってしつこく聞かれたらどう思う?今うざいって思ったよね?人の気持ちを勝手に決めつけてでもネタにしたいの?そのぐらいつまんない毎日おくってんの?かわいそうだし下品極まりないね」は当時の私にも言ってやりたい言葉だ。

二人が私をどう思っているのか知らないし、どうでもいい。ただ二人は私の友達じゃなかったことだけは確かだ。

 

二つ目の疑問「そもそも人と一緒にいるのがあまり好きじゃない私に、友達って必要?」については「必要」という意外な答えが出た。

上に書いたようなことを、おいしいお酒とご飯を食べながら笑って話せる相手がほしいと切に思ったからだ。笑い話にするのは意外と時間がかかるし難しい。でも笑い話にできたということは、一定の区切りを自分の中でつけられたということで、それは特に今回のような出来事を一番楽しく消化できる方法だと思う。

共通の知り合いがいなくて、許せないことの基準と距離感が似ていて、気軽に会える友達はどこで見つけられるんだろう、イベントとかに参加したら見つけられるかな。イベント検索アプリを落として数日後、新型コロナウイルスが猛威を振るい始め私の友達つくろう計画は中断を余儀なくされたままだ。